発達障害の娘への対応を学び始めたころ

発達障害

娘が普通だと思っていた頃は、娘の非常識な言動を怒ってみたり、どうしてこんな性格なのかと一人なげいたりしていました。

その後うつ病と診断されてから、原因である職場の環境が変われば治るものと思いました。しかし治るどころか、退職後にWAIS-Ⅲという検査を受けた結果、広汎性発達障害・軽度知的障害という病名が増えることになります。

WAIS-Ⅲの検査結果を受け、初めて娘の様々な言動に納得がいきました。娘の状況は、うつ病と広汎性発達障害と軽度知的障害が入り混じっていたのです。

病気の娘と暮らす毎日は、私自身が失敗を繰り返しながら娘にどう対応すべきかを学ぶ日々となりました。

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どうしたら平穏に暮らせるのか

昨年4月、娘が精神障害とわかったものの、それ以来、私はつい普通に話しかけてしまいます。何気なく投げかける会話の言葉に、娘は通常では想像がつかないほど被害妄想になり、ねじ曲げて受け止め、怒り狂います。

これは昨年7月の私の記録です。

2018年(昨年)7月20日の記録

けっしてすぐに言葉を発してはいけない。

言う前に必ず考えること。これを言ったらどう思うか。次に何が起こるのか。

 

これまでの経験を紐解いて、瞬時に幾つもの可能性を想定する。何が起こるかわからないのだから、不安要素があるなら発言は止める。

冷静に考えれば言わなくて済むことの方が多い。

 

もしそれが言った方が良いことだったら、言うタイミングを検討することから始める。今言って、トラブルが無い結果が得られるのか。遅くもいつまでに伝えなければ逆にトラブルになるのか。

 

話の持って行き方次第で、良くも悪くもなる。どの方向からどんな雰囲気で持って行くのか。

実行して失敗したら次への一つの糧とするしかない。深く胸に刻み込もう。

 

それらを生活の中の何気ない幾つものシーンでひたすらに繰り返す。

ポイントはひとつ。けっしてすぐに言葉を発してはいけない。

(2018年7月20日 記)

普通に会話してはいけないことを思い知る

娘は高校生の頃から反抗期。それが成人してもずっと続いていました。私の言うことはきかないし否定する。私が何か言えば怒る。無視する。揚げ句の果てに一切喋らない。

しかし、外では「しっかりした、いい娘さん」と言われ、まぁ家でいい子で外で悪いよりはいいか、と思っていました。

それにしてもなぜこんな性格なのか、私の育て方が悪かったのかと、一人なげいたものです。

娘が心療内科に通うようになり、うつ病と診断され、更には広汎性発達障害・軽度知的障害と診断されたことで、普通の会話をしようとしていた過去に無理があったことがわかりました。

ちょっとしたジョークや例え話は通じません。それどころか娘は言葉を話さず「あーあー」「みゃーみゃー」など、赤ちゃんのような叫び声だけで意思を伝えようとすることが多くなりました。

治るどころかひどくなっている、と感じました。

通常の想像の範囲を超える娘の主張には、娘なりの道理があるようです。娘との日々の会話は、それを考え、予測し、熟慮する必要がありました。

言葉をうっかり発してしまい、延々と続く怒り泣き叫びという痛い結果を何度招いたことか。

発達障害の娘への対応を学び始めたころ、普通に会話してはいけないことを思い知ったのです。

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