F先生の言葉を思い返しブログを書く糧に

思うこと

今は昔、60歳の私が中学1年生だったときの話です。学校の先生方の中で私が一番記憶に残っている、クラス担任だったF先生のことです。

毎日、家での時間の使い方と自分の反省をノートに書き、翌日の朝提出。帰りには先生の一言が赤ペンで添えられて返されていました。

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中学1年の反省ノート

丁度いいとばかりに、私は日々の反省や考えている様々なことを、まるで日記でも書くように毎日そのノートに書きました。F先生なら、私が考えていることをわかってくれそうな気がしたからです。

書く欄がそんなに大きくなかったので、いつも自分で便箋に書き足し、ノートに貼りつけては提出していました。

自分の考えに先生がいろいろとコメントしてくれるのがとても楽しみで、また夜になっては書くことの繰り返しでした。

今思えば、中学1年生という多感な時期、何を書いたのかは覚えていませんが、本当に多くのことを考えていたのは確かです。

何かにつけて、こうあるべきではないか、という自分の考えを持ち始めていた時期だったかもしれません。

苦ではなく楽しみ

私にはプラスになっていた習慣ですが、そこは中学1年生です。毎日そんなものをきちんと書いて提出する生徒ばかりではなかったようです。

ある日、F先生が私のノートをクラスのみんなに示し「毎日、紙を貼り足してぎっしり書いている。これだけのことを〇〇(私の旧姓)は自分の問題として考えているんだ。」と話したのです。

クラスのみんなは「スゲーあんなに書いてる」「よく、あんなこと出来るな」と言っていたのを覚えています。

私は自分が好きで書きたくて書いていたので、何も苦には思わず、逆に書くのが楽しみで自己表現できる場だったのです。

還暦の今ブログを書く

還暦60歳、私は今、当時のF先生の言葉をブログ運営の糧にしようと考えています。

何気なく時間が過ぎて行ってしまうのではもったいない。日々の自分とその周りにはいろんなことがあるはずです。

アンテナを張り、気づき、反省、展望、実行等々を自分の問題として捉えたいと思います。

パート仕事の時間が長かったり、忙しくて疲れたりすると、ついつい自分を見直す時間がなくなります。ありきたりな表現ですが、「忙しい」という字は心を亡くすと書きます。自分で乗り越えるしかありません。

中学1年生の頃、13年間のつたない経験の中であれだけのことを考えたのです。今や60年間の人生経験を携えて、自分の主張が出来ずにどうするのか!

F先生の言葉を思い起こし、当時の自分の頑張りを手本に、このブログでもっともっと自己研鑽を積みたいと改めて思う次第です。

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